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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)1235号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人久保哲男の上告趣意は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、所論にかんがみ職権により判断するに、本件のように、税関空港や保税地域等外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に外国から航空機又は船舶により大麻を持ち込み、これを携帯していわゆる通関線を突破しようとして果さなかつた場合、関税法の無許可輸入罪については未遂罪が成立するにとどまるが、大麻取締法二四条二号、四条の大麻輸入罪については、同法と関税法とでは外国からわが国に持ち込まれる大麻に対する規制の趣旨・目的を異にし、大麻取締法は、大麻の濫用による保健衛生上の危害を防止するため必要な取締を行うことを目的とするものと解され、右危害発生の危険性は、大麻を税関空港に着陸した航空機から取りおろし、あるいは船舶から保税地域に陸揚げすることにより既に生じており、通関線を突破したか否かは、同法の取締の趣旨・目的からは特に重要な意味を持つものではないと考えられるところから、右取りおろしあるいは陸揚げによって同罪が成立するものと解するのが相当である(最高裁昭和五七年(あ)第一一五三号同五八年九月二九日第一小法廷判決参照)。したがつて、原判決が「大麻取締法の輸入罪は、犯人が大麻を携帯して空路外国から本邦に到着した時点で既遂に達する」旨判示している点は前叙説示に照らし首肯し難いが、原判決の是認した第一審判決の判示するところによれば、被告人が本件大麻を携帯して新東京国際空港に到着し同判示の航空機から取りおろしていることは明らかであるから、被告人の本件所為につき大麻輸入罪が成立するものとした第一審判決を是認した原判決は、結論において相当である。

ところで、原判決は、本件大麻輸入罪と無許可輸入未遂罪とが刑法四五条前段の併合罪の関係にあるとした第一審判決を是認しているところ、前示のように、税関空港や保税地域等税関の実力的管理支配が及んでいる地域を経由する場合、両罪はその既遂時期を異にするけれども、外国から航空機又は船舶によつて大麻を右地域に持ち込み、これを携帯して通関線を突破しようとする行為者の一連の動態は、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとにおいては、社会的見解上一個の大麻輸入行為と評価すべきものであり、それが両罪に同時に該当するのであるから、両罪は刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあると解するのが相当である(前記最高裁第一小法廷判決参照)。したがつて、第一審判決がこれを併合罪の関係にあるものとし、原判決がこれを是認したのは、罪数関係についての法令の解釈適用を誤つたものといわなければならないが、これを破棄しなくても著しく正義に反するものとは認められない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官谷口正孝の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官谷口正孝の意見は、次のとおりである。

一 私も大麻取締法二四条二号、四条の大麻無許可輸入罪の既遂時期については、大麻を携帯して空路税関空港に到着したという本件の如きばあいには、被告人が搭乗した航空機が税関空港に着陸して人の乗降が開始され被告人がその携帯にかかる大麻を航空機から機外に持ち出した時点にこれを求めるべきであるとする多数意見に賛成する。けだし、右の持ち出しの時点にまで達すれば、同罪の保護法益であるわが国内における公共の健康に対する抽象的危険が現実化したものと考えてよいからである。論旨は、関税法所定の無許可輸入罪の既遂時期については、同法二条一項一号の規定の解釈上通関線突破の時としながら、大麻無許可輸入罪の既遂時期を通関線突破以前の時点に求めることは、「輸入」の概念を二義に解するものであるばかりか、大麻無許可輸入罪についてはその未遂犯処罰の規定がないためことさら輸入罪既遂の時期をいわば未遂の時点にまで遡らせた恣意的解釈であるという。然し、この点についても多数意見の説示するように、同じ大麻の無許可輸入罪であつても、大麻取締法と関税法とではその規制の趣旨、目的を異にするのであるから、無許可輸入罪の既遂時期について両者において各別の解釈が導かれることは当然というべきである。関税の確保と通関手続の適正を図るための法規である関税法(無許可輸入罪については後者が特に問題となる)の解釈上無許可輸入罪の既遂時期を通関突破の時点と解したからといつて、大麻取締法の無許可輸入罪の既遂時期もまた同一時点までずらすべきであるという論旨は理由がない。

二 然し、本件事案において大麻無許可輸入罪と関税法上の無許可輸入の未遂罪との罪数関係について、多数意見は、両罪は自然的、社会的見解上一個の行為であつて刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にある、というが、私はこの見解に賛成することはできない。両罪の構成要件の評価の対象となる行為が一個・同一であるとはとうてい考えられないからである。その詳細は、最高裁判所・昭和五七年(あ)第一一五三号・同五八年九月二九日判決中に私の意見として述べたとおりである。両罪は併合罪と解すべく、第一審判決及びこれを肯認した原判決にこの点についての法令違反はない。

本件上告は棄却されるべきである。

(谷口正孝 藤﨑萬里 中村治朗 和田誠一 角田禮次郎)

(弁護人久保哲男の上告趣意省略)

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